文学碑全解剖
 「太陽の季節」作品解説

作家であり、現東京都知事でもある石原慎太郎さんの第二作目の小説が「太陽の季節」です。当時一橋大学の学生だった石原さんはこの作品で第34回芥川賞を受賞しました。小説は日活によって映画化され、昭和の大スターでもある弟・裕次郎さんが世に出るきっかけにもなった、日本映画史に名を残す作品となりました。
描かれたのは当時の若者たちの生きざまの一部分で、弟が兄にガールフレンドを五千円で売るというストーリーがやや冷めた文体で淡々と綴られる、というものでした。今や十代の女の子が受賞する時代になりましたが、当時現役学生が芥川賞を受賞するということはかなりのセンセーショナルで、そこに衝撃的な内容が加わり、まさに「時代が驚いた」小説でした。当然のことながら作者である石原慎太郎さんの名前は一気に世に広まり、時代の寵児となったわけです。

石原家は当時、現在の逗子・桜山(逗子海岸から程近い場所)にありました。比較的裕福だった石原家でしたが、高校時代に父親が亡くなったことに加え、裕次郎さんの放蕩(?)のため、長男であった慎太郎さんは家計を支えなければと悩むこともしばしばだったようです。映画を愛し、絵を描くことを愛した彼が、当時目指したのは公認会計士でした。

「・・・父が死に、周りの好意が私に新家長としての責任をかぶせ、私もまた几帳面にそれを受け止めて、父の仕事の上司だった人に諭され、新しい家長として母と弟を出来るだけ早く自分の腕で養いきれるように、当時出来たばかりの公認会計士なる職業につくべく、そのために一番効果のある学校として勧められ、その人の母校一橋大学の法学部に入った。」(「弟」石原慎太郎著 より)

大学生になり、慎太郎さんは当時休刊していた「一橋文芸」を復刊させようというグループの一員になります。なんとか復刊の見込みはついたものの、どうしても最後の原稿用紙百枚分が埋まらない、そこで自ら穴埋め原稿を書くことになり、処女作「灰色の教室」が誕生します。締切直前温泉旅館や大学寮にカンヅメになりさしたる苦労もせず書き上げた同小説は、その年第一回文学界新人賞を受賞しました。

「・・・試験も終わりなんとか最終学年に進めるめどがついてから例の雑誌を読み返してみると、悪い気はしなかった。
浅見氏の評を読んで、この俺が注目すべき新人というなら、ひょっとすると俺は小説を書いて生活の出来るような人間になれるのかもしれない、と漠と感じもした。」(「弟」石原慎太郎著 より)

「灰色の教室」も、その後書かれた「太陽の季節」も、慎太郎さんが裕次郎さんから聞いた仲間の話からストーリーのヒントを得ました。「太陽の季節」に関しては、わずか三日で書き上げたといいます。さらに日活との映画化交渉においても、なにをどうしたらよいか分からない兄に対し、絶対この機会を逃すなと熱心な弟という感じで、これは弟をつれていったほうがよさそうだと判断した慎太郎さんが、裕次郎さんを同伴し出かけたといいます。結果、新人としては破格の約料を取ることになり、さらに裕次郎さんは、当時の「若者言葉」の監修という位置づけでしたが、撮影現場を訪れた際そのルックスを買われ、太陽族の一学生としてエキストラ出演しました。
 映画「太陽の季節」は監督・脚本古田卓巳、主演長門裕之・南田洋子。超話題の芥川賞受賞作、ということでヒットは明らかでした。これに続き、日活は慎太郎さんが初めて書く娯楽小説の映画化を早々に申し出ます。

「『そんなこといったって、出来るのは案外時代小説かもしれませんよ』
いったら、
『それならなお面白い。あんたの時代小説なんて誰も想像できんからね』
とゆずらない。
考えた末に、
『ならば一つだけ条件があります。この小説は必ず日活にゆずりますが、その代わり、映画化の時私の弟を主役で撮影してください。じゃなけりゃ、他の会社に同じ条件をつけて売りますから』」(「弟」石原慎太郎著 より)

「狂った果実」も又、姉妹編と呼ぶにはあまりにも優れ、そして後の時代を予言しているようでした。中平康監督のスタイリッシュな演出、兄弟(裕次郎と津川雅彦)が美しい人妻(北原美枝)を奪い合うというこれまた衝撃的なストーリー、「アロハ・ウクレレ・ハワイアン・サングラス」といった太陽族と湘南スタイルの関係を全国に知らしめたこと、逗子・葉山の海を中心とした輝きに満ちた映像美、裕次郎さんと共演者で憧れの人・北原美枝とのロマンス等々・・・。まさに話題に満ちた作品でした。
この後、慎太郎さんは作家だけでなく政治家としての才能も発揮し、裕次郎さんは昭和を代表する大スターへとなっていきます。活躍の場は分かれていきますが、その随所で応援しあい、心をかけあう兄弟の姿が見られます。かつて一時代を作り出したパワー、その源は兄弟の絆にこそあったのかもしれません。

「・・・二人だけで、通うか通わぬかそんな危うい会話をしながら改めて悟ったことは、二人だけの兄弟であり、たまたまわたしのわずか二つ下の弟であったというだけで、私に対して彼がいかに寛容であり、従順であり、優しくもあったかということばかりだった」
(「弟」石原慎太郎著 より)
取材・文責:実行委員会


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